これまで多くの医局員が海外留学への道を開き、成果を挙げています。
野村章洋:Massachusetts General Hospital, Center for Human Genetic Research(ハーバード大学)
2015年1月、アメリカのオバマ大統領が“Precision Medicine”の推進を宣言しました。これは”Personalized Medicine (個別化医療)”とも重なる部分がありますが、「個人のゲノム、生活環境、ライフスタイルなどの情報を100万人規模で集め、その情報から得られる個々人の“違い”をもとに、ある治療が最も奏功し副作用が最小限となるようなグループを明らかにすること、そしてその結果を実臨床に応用すること」に重きをおいています。ゲノム医療分野であれば、個々人の違いとは「ある遺伝子内の変異の有無」や、「あるゲノム位置における特定のアレルの有無/ジェノタイプの違い」です。10年前までは疾患に関連のあると予想される特定のゲノム領域に限定した研究が中心でした。しかし、ここ数年の次世代シーケンサーと呼ばれる超高速ゲノム解析装置を用いたゲノム解析技術の飛躍的な進歩に伴い、個人の全エクソームあるいは全ゲノム配列を網羅的に、比較的安価で、かつ短時間に解析することが可能となりました。これにより、世界中で数十万人にものぼる個人ゲノム配列が今日まで解析された結果、Precision Medicineを本格的に目指す体制が整った、という意味での今回の宣言と考えられます。
現在私が留学しているKathiresan labは、脂質異常症および心筋梗塞の原因となり得るゲノム領域を次世代シーケンサーにて網羅的に同定し、その機能解析を行い、最終的に臨床応用を目指すという、まさにPrecision Medicineを地で行くような研究室です。私は次世代シーケンサーで解析された数十万人分のゲノムデータをもとに、脂質異常症および心筋梗塞の原因となるゲノム領域、特に治療や薬剤のターゲットとなり得る領域を、コンピュータを用いて同定する「バイオインフォマティクス(遺伝情報学)」部門に所属し、原因ゲノム領域の同定とその臨床的意義について研究を行っています。500万行×3万列、10テラバイトにのぼる大量のゲノム変異テキストデータの中から目的とする結果を得るのは容易ではありませんが、もともと小学生の頃からコンピュータプログラミングで遊んでいたという適性もあり、医学、生物学、数学、統計学、計算機科学を合わせたようなこのバイオインフォマティクスに魅力を感じ、また楽しみながら行っています。渡米して1年、残念ながらまだ目立った研究結果を公表するには至っていませんが、心筋梗塞・脂質異常症におけるPrecision Medicineの推進に貢献できるような研究をこれからも続ける所存です。
なお、私が現在このように留学ができているのは、前任者の多田隼人先生からの多大なるアドバイスと研究室への根回し (!) のおかげであり、留学当初よりスムーズに研究を始めることができました。また留学を推薦していただきました山岸正和教授、そして留学中の奨学金をいただいております公益財団法人吉田育英会様に、この場を借りて御礼申し上げます。
多田隼人:Massachusetts General Hospital, Center for Human Genetic Research(ハーバード大学)
山岸教授をはじめ、諸先生方のご支援の元、日本循環器学会より留学支援助成金を頂き、平成24年4月より平成26年3月までの計2年間、上記にて留学させていただきました。マサチューセッツ州ボストンは言うまでもありませんが、非常に多くの研究機関が集積し、研究留学の地としては非常に恵まれた環境にありました。所属研究室はSekar Kathiresan氏をPIとして、ゲノムワイド関連解析(GWAS)や次世代シークエンシング解析などの手法を用いて脂質や心血管疾患との関連を遺伝統計学の手法を用いて解析するといった研究がメインで行われており、白分もこのような知識や経験も全くない状況でゼロからのスタートでしたが関与させていただきました。まずは大規模なデータを効率よく扱うべく、いわゆるコンピュータ言語を用いた「スクリプト」と呼ばれるプログラムを扱う手法を学び、これらを用いていわゆるGWASやより頻度の低い変異を対象としたエクソームアレイないしはエクソームシークエンシングによるデータの解析にあたってきました。基礎実験とは異なり、一日中コンピュータの画面と向き合い、サーバーの中での仕事というこれまでとは全く異なる環境での仕事で最初は戸惑いもありましたが、同僚の助けもありいくつかのプロジェクトにおいて解析をほぼ完結するに至りました。結果についてはそれぞれ英文誌に現在投稿中であり採択を心待ちにしているところです。
また、生活面では、高緯度にある影響から夏は日が長く、ボストン周辺では様々なイベントがあります。また、逆に冬は日が短く気温も低いので暗い気持ちになることもありますが、元々北陸で生まれ育った自分としては、大きな問題ではありませんでした。また、妻と2人の子供(それぞれl歳、4歳)を連れていきましたが、特に4歳時に渡米し現地の公立幼稚園に2年間通った息子については、渡米後半年を経過した時点でこれまで10年以上に渡り英語教育を受け、努力をしてきた父親である私を、英会話能力において軽く追い抜くといううれしいような悲しいような現実を目の当たりにし大変な驚きを感じました。また、学校では性別や人種を超え友人ができ、楽しく過ごしている様子を見ることができ、自分も同様に他分野の外国人を含む研究者とつながりを持つことができたことも留学の成果の一つだと感じています。
留学をするにあたり、様々な経験をさせていただきましたが、今後の第二内科における研究の発展に貢献・還元できればと考えております。
中條大輔:Baylor Institute for Immunology Research(ベイラー大学)
テキサス州ダラスにやってきて早くも3年以上が経ちました。2011年の夏は最高気温45℃を記録したのを始め、40日間連続で3 digits(華氏100度以上=38℃以上)を達成するなど記録的猛暑が続いています。ベイラーは日本の皆様には馴染みが薄いかもしれませんが、テキサス州ダラス・フォートワースエリアを拠点とする巨大メディカルコンプレックスで、総合病院とクリニックを合わせると100以上の施設があると聞いています。私は、そのうちダラスキャンパスに属する免疫学研究所で、膵島移植の権威である松本慎一先生とヒト免疫学の権威であるDr. Jacques Banchereauのもと、1型糖尿病と膵島移植についての研究をしています。
膵島移植は、生命を脅かす重症高血糖および低血糖発作を繰り返すような不安定1型糖尿病の患者さんをインスリン自己注射から解放することが可能な画期的治療法です。事実、ベイラーでも独自のプロトコールを用いた症例は、ほぼ全例インスリン離脱を達成しています。ただし、対象疾患の1型糖尿病が自己免疫疾患であるがゆえに、移植した膵島が再び自己免疫による攻撃を受けることで破壊され、良好な長期成績が得られにくいということが推測されています。そこで、自分の役割としては、①移植後の膵島機能とともに自己免疫反応をモニターすること、②1型糖尿病患者の自己免疫性(抗原特異性)T細胞の反応を詳細に検討すること、が挙がり徐々に結果が出つつあります。将来的には、“血糖値をコントロールする”という病気の結果に対しての治療のみならず、膵島移植に加えて“免疫反応を制御することで膵島の破壊を食い止める”といった原因に対する治療が出来れば、1型糖尿病の根治も夢ではないと感じています。このような先進医療を北陸の患者さんにも提供することが出来るよう、研究に邁進したいと思います。
このような研究は試行錯誤の連続で苦労も耐えませんが、その中で留学中ならではの楽しみを味わうことも大切です。身近なところでは、研究者仲間とのパーティやスポーツ観戦、週末を利用したドライブ旅行などでしょうか。ダラスには昨季ワールドシリーズに進出したメジャーリーグのテキサスレンジャース、今季NBAチャンピオンになったダラスマーべリクス、NFLの古豪ダラスカウボーイズとプロスポーツの強豪チームが揃っています。中でも、レンジャースには上原・建山両投手も在籍し、同じ地区内にはマリナーズのイチロー選手、アスレチックスの松井選手などもいて、安いチケットでこれらの対戦が見られるのは有り難いです。
テキサス州内のサンアントニオやオースティンなどは1泊あれば車で行けますし、夏休みが取れれば、壮大な?旅行プランを立てて、アメリカの大自然を巡るのも可能です。実際私たちも、ダラスからグランドキャニオンを最終目的地に設定し、戻ってくるという総行程5,300kmのドライブ旅行をしたこともあります。中でも、ニューメキシコ州のホワイトサンズ国定公園は、この世のものとは思えない風景で感動しました。アメリカ国内の学会も時差ボケなしで参加でき、大物研究者を紹介してもらったり、発表以外の時間にも会話が持てたりと、日本にいた時とは違う経験もできました。学会で金沢大学から参加された先生方と再会し、近況を話したり食事をしたりするのも毎回の楽しみでした。また、近隣のテキサス大学と合わせると周囲に日本人研究者も多く、多くの人と仕事の面でもプライベートな面でもつながりが出来た事も大きな財産です。留学先での絆というのは非常に深く、帰国後も良い関係を続けていきたいとつくづく思います。
最後になりましたが、このような長期に亘る留学の機会を与えてくださった山岸正和教授をはじめとする金沢大学臓器機能制御学の先生方に深く感謝を申し上げます。
伊藤清亮:ジュネーブ大学 出井研究室
2010年6月よりスイスのジュネーブ大学にて研究生活を送っています。ジュネーブ市はスイスの最西端に位置し、三方をフランスに囲まれています。ジュネーブ州は人口40万人で、町には高層ビルもなくレマン湖畔の田舎町で、自分にとって住み良い町です。
ジュネーブ大学は16世紀にカルヴァンにより創設された大学です。私が所属するのはpathology and immunologyの出井研究室です。ボスの出井先生は、クリオグロブリン腎症モデルマウス、マウス抗赤血球抗体、内在性レトロウイルスなどの研究に携わってこられています。研究に対する姿勢を始め、多くのことを学ばせていただいています。ラボには、順天堂大学の先生が一人、ポスドクが一人いらっしゃいます。またテクニシャンが2人いらっしゃり、効率的に実験を進めていく体制があります。リサーチカンファレンスと抄読会がそれぞれ週1回あります。
研究内容は、前任の山田和徳先生がされていた仕事を引き継ぎ、1つはヒトのクリオグロブリンを使ったモデルマウスの樹立を目指しています。もう1つはマウスIgG1クラスに属するマウス抗赤血球抗体の解析をしています。
異国生活は、いかに日本が便利かを思い知らされました。コンビニもなく、牛丼屋もないので、頑張って自炊をしています。研究はもちろん大事ですが、体調管理とこちらの生活を楽しむことが、研究にも良い影響を与えていると思います。空いている時間は、語学、ヨーロッパ旅行、読書をしています。留学して良かったと思うことは、何よりもどっぷりと研究生活に浸り、研究の魅力を味わえていることです。多くのことを吸収し、日本に持ち帰れるよう、日々過ごしていくつもりです。最後になりましたが、貴重な留学の機会をいただいた山岸正和教授、川野充弘科長、山田和徳先生を始めまして、これまでお世話になった先生方、コメディカルの方、後輩、友人、家族に感謝申し上げ、留学記を終わります。(2011年8月記)
坂田憲治:スタンフォード大学 循環器内科学教室
平成20年8月より平成23年12月まで米国スタンフォード大学循環器内科学教室に留学いたしました。私が所属していたセンターは、もともとPaul G. Yock, Peter J. Fitzgeraldの両教授がUCSFからスタンフォードにダブルヘッドハンティングされてきた時に創立されたもので、機械式IVUSの父であるYock教授とその右腕であったFitzgerald教授をセンター長に有していたことから、IVUS関連のプロジェクトが多く、多施設臨床試験のコアラボ解析を重要な仕事の1つとしております。私は、そこで担当した多施設臨床試験を通して定量、定性的IVUS解析の基礎を学びました。研究に関しては、新しい薬剤溶出性ステントの成績報告のみならず、IVUSによる各種ステントの血管反応様式、再狭窄や遅発性ステント血栓症のメカニズムの解明、さらには移植心冠動脈病変の評価や光干渉断層法(OCT)や心臓MRIを用いた臨床試験の解析などを大きなテーマとしていました。また、各フェローはカテ室のIVUS On-Callの曜日がそれぞれ決まっていましたが、カテ室からの要請に応じてIVUSを読影し、オペレーターとインターベンション治療における治療戦略に関してディスカッションを行います。この様に常に臨床現場と接することで、他のラボとは違う実臨床に還元できる独創的な臨床研究を行っているのが特色です。米国留学期間に臨床研究に十分な時間を費やすことが出来たことで、「実臨床において自分たちが日々行なっていることが本当に正しいかどうかを検証しながら前に進むこと」の大切さと、その方法論の基礎を学ぶことが出来たと思います。
渡米して良かったことは、いろいろな意味で視野が広がったことだと思います。まず米国という国については、そこで実際に暮らし、仕事をしてみると、日本で想像していた通りのこともあれば、明らかに誤っていたこともあります。逆に、当然と思っていた日本での認識や慣習が、国際社会の中では特殊であったということも多々あります。すわなち、外からの視点を持てることで、米国人には見えない米国が見えているでしょうし、国内では見えていなかった日本の側面も少しは理解できたのではないかと思います。さらには、言語も考え方も全く異なる世界に身を置くことで、いやが応でも自分自身を見つめ直すことになるわけですが、これも当たり前の日常の中では得にくい貴重な体験であったと思います。
帰国後感じたことは、日本の病院で再び働いた時に経験した、いわゆる「逆カルチャーショック」かもしれません。初対面の目の前の人が何語を話すかさえもわからない米国と比べると、ある意昧均一な日本の職場環境はとても安心感を覚えましたが、同時に、集団の中で意見や個性をうまく表現する難しさを改めて感じました。
米国は資本主義というルールを基に、多種多様な人種、言語、文化、価値観が共存、住み分けをしている社会であり、ある意味、日本も含めた世界の縮図であるように思います。日本で仕事をしていた時には、自国や日本人である自分を強く意識することはありませんでした。この意味で、米国での研究や生活は、国際社会の中の日本、自分を知る第一歩であったと思います。米国での経験から、日本の臨床、臨床研究、教育、医療制度などを強く意識しながら仕事をするようになりました。米国のシステムの全てが必ずしも優れているわけではなく、日米それぞれの実情に応じた長所短所があるように思いますが、両国の長所を生かせるよう将来の日本の循環器臨床研究の発展に微力でも貢献できればと考えております。
濱野良子:米国国立癌研究所
平成20年10月より米国国立癌研究所フレデリック支所(National Cancer Institute‐Frederick)に留学しております。若手研究者インターナショナルプログラムの一環としてこちらで勉強をさせていただく機会を得られました。
NCIはNIH(National Institute of Health:米国国立衛生研究所)の研究所のひとつです。メインキャンパスはベセスダにありますが、フレデリックでは主に基礎研究がおこなわれています。ベセスダと同様メリーランド州にあり車で40分ほど北に位置しています。大きな町ではありませんが、自然が豊かできれいなところです。研究所がアメリカ陸軍の基地内にあるという特殊な環境ですが、セキュリティが厳しいためとても安全です。
私が所属しているDr. Joost J. Oppenheimのラボはサイトカインやケモカイン、制御性T細胞をターゲットに、癌だけではなく広く免疫を研究しています。同時にCancer and Inflammation Program(CIP)という大きなプログラムにも属しており、研究室を越えての共同研究も頻繁に行われています。ラボミーティングとCIPミーティング、それに国内外の著名人によるレクチャーがそれぞれ週1回ずつ行われていますが、議論も盛り上がり刺激的です。炎症・免疫を研究するのに最高の環境と思います。
私自身は制御性T細胞の研究に参加しています。マウスCD4T細胞を培養し、制御性T細胞へ分化・増殖させそのメカニズムについて研究しています。最初は英語が聞き取れなかったり、初めての実験がうまくいかなかったり戸惑ってばかりでしたが、同僚や先輩が親切にわかるまで教えて下さるので、少しずつ面白くなってきました。
週末の楽しみとしては、FrederickはWashington DCからも車で1時間と近いため、スミソニアン博物館や美術館などを訪れることもできます。また隣のバージニア州のワイナリーやブルーベリーなどの果樹園を訪れることもできるようです。リンカーンの演説で有名なゲティスバーグにも近く、アメリカの歴史と生活を味わうこともできそうです。このような得難い経験をする機会を与えて頂いた山岸教授をはじめとする臓器機能制御学の諸先生方、金沢大学癌研究所分子生体応答研究分野 向田教授に心から感謝申し上げます。今後とも御指導・御鞭撻のほど宜しくお願いいたします。